大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(行コ)62号 判決 1971年11月25日

第六二号事件控訴人・第六七号事件被控訴人(被告) 兵庫県労働部職業安定課長

訴訟代理人 浜本一夫 外四名

第六二号事件被控訴人(原告) 平原晃次 外七名

第六七号事件控訴人(原告) 阿草弘清 外一三名

主文

一  原判決中原告安武昭彦、同松浦昭夫、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子に関する部分を取消す。

二  右原告らの本訴請求中、被告が原告安武昭彦に対して昭和三五年七月九日付でなした一カ月間俸給月額の一〇分の一の減給処分、被告が原告松浦昭雄、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子に対して昭和三五年七月九日付でなした各戒告処分の不存在確認を求める部分および右各処分の無効確認を求める部分はいずれも棄却する。

三  右原告らの本訴請求中、右各処分の取消を求める部分はいずれも却下する。

四  被告の原告永野達雄に対する控訴を棄却する。

五  原告阿草弘清、同船越勇作、同藤林多美、同藤林俊、同松本克己、同伊藤艶子、同室井宏夫、同浜上浩敏、同平井英邦、同大和田朝子、同小田垣浩司、同村木歳夫、同小竹恵二郎、同山中弘の各控訴はいずれも棄却する。

六  訴訟費用中、原告阿草弘清、同船越勇作、同藤林多美、同藤林俊、同松本克己、同伊藤艶子、同室井宏夫、同浜上浩敏、同平井英邦、同大和田朝子、同小田垣浩司、同村木歳夫、同小竹恵二郎、同山中弘の各控訴によつて生じた費用は同原告らの、被告の原告永野達雄に対する控訴によつて生じた費用は被告の各負担とし、原告安武昭彦、同松浦昭雄、同平原晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子と被告との間に生じた費用は、第一、二審共同原告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  被告訴訟代理人は、控訴の趣旨として「原判決中原告安武昭彦、同永野達雄、同松浦昭雄、同平野晃次、同西寅生、同亀野安彦、同小松隆一郎、同安武洋子に対する各懲戒処分が不存在であることを確認した部分はこれを取消す。

右原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共原告らの負担とする。」との判決を求め、その余の原告の各控訴に対し「本件控訴を棄却する。控訴費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

二  原告阿草弘清、同船越勇作、同藤林多美、同藤林俊、同松本克己、同伊藤艶子、同室井宏夫、同浜上浩敏、同平井英邦、同大和田朝子、同小田垣浩司、同村木歳夫、同小竹恵二郎、同山中弘の訴訟代理人は、控訴の趣旨として「原判中右原告らに関する部分を取消す。被告が右原告らに対して昭和三五年七月九日付でなした各訓告処分はいずれも存在しないことを確認する。仮に、右請求が認められないときは、右処分はいずれも無効であることを確認する。仮に、右いずれの請求も認められないときは、右各処分を取消す。訴訟費用は第一、二審共被告の負担とする。」との判決を求め、その余の原告訴訟代理人は、被告の控訴に対し、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり附加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原告阿草弘清、同船越勇作、同藤林多美、同藤林俊、同松本克己、同伊藤艶子、同室井宏夫、同浜上浩敏、同平井英邦、同大和田朝子、同小田垣浩司、同村木歳夫、同小竹恵二郎、同山中弘

訓告処分は実質的な懲戒処分であつて、右処分によつて原告らが法律上および事実上の不利益を受ける以上、当然訴の対象となる。すなわち、

1  懲戒処分は、職場の秩序維持を目的とするいわゆる秩序罰であつて、当該職員の有責行為に対する一定の非難である。そして、戒告処分は、ある行為に対して注意を喚起し心理的な強制を企図することを目的とするものであるから、保護されるべき法律上の利益の本体は人格権にあるといわねばならず、昇給延伸等の経済的不利益は、戒告処分の本体的効果ではなく附随的な効果にすぎない。

したがつて、訓告と戒告とは、その用語はともかくとして、実質的に当該職員の行為を非難し、心理的強制を加え、名誉信用を害する点において全く差異が認められない以上、訓告は戒告と同様それ自体に直接の法的効果が存するのであつて、行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当する。

また、附随的効果としての経済的不利益の点においても、訓告を受けたことは昇給欠格判定基準の重要な資料とされるのであるから(甲第二号証等)、訓告と戒告とはその量的な面で若干の差異があるとしても、質的な差異は全く存在せず、将来昇給延伸される危険性は何等変りはない。

2  懲戒処分は職員に科せられる制裁であり、これによつて当該職員は何等かの職務上の不利益を受け、人格権を害せられるものであるから、法律が明文をもつて懲戒処分の種類を限定している(国家公務員にあつては国家公務員法八二条)以上、その規定にないような懲戒処分を科することは法の容認するところではない。したがつて、仮に訓告が適法に存在するものと解するならば、それは法的にも当然懲戒処分としての戒告と同視しなければならないのであつて、訓告という用語にとらわれて訴の利益がないということはできない。

二  原告全員

1  本件処分は、いずれも原告らに対して有効な懲戒処分書、処分説明書、訓告処分書(以下単に処分書等という)の交付を欠くものである。すなわち、

(一) 懲戒処分が有効に成立するためには、懲戒処分が当該職員の権利を侵害する重大な不利益処分であることにかんがみ、「懲戒処分書」、「処分説明書」を交付することが必要であり(国家公務員法八九条、人事院規則一二―〇、五条一項)、訓告についても戒告と同じ不利益処分である以上同一に解しなければならない。したがつて、文書の交付、ことに郵便による交付の場合は、その明確性を担保するため、厳格に解し、本人が直接了知したか、または了知したものと同視できる状態に至ることが必要であつて、家族が郵便物を見てその内容を確知することなく、単に処分書等在中のものと察知して受領を拒否した事実をもつて、本人が了知したものと同視することは法の容認するところではない。

(二) 被告の、原告永野達雄、同安武昭彦に対して処分書等の有効な交付があつたとの主張は争う。原告永野については、その家族が同原告に対する処分書等の入つた郵便物の配達人の来訪を受けたことはなく、家族がその一員について転居先不明と返事することはないし、返戻されたという昭和三五年(以下同じ)七月二〇日は、すでに配達された処分書等を回収して職業安定課庶務係長本岡良三のところへ提出することに決つていたから、同原告のところへ配達されたのであれば、これを受領している筈である。また、原告安武昭彦についても、安武洋子は組合の分会長として受領を拒否したもので、当時両名の間には何等特別の関係はない。

(三) 右本岡係長の処分書等回収通告によつて交付の効果は発生せず、本件懲戒処分等は内部的に成立したにとどまり、処分の効果発生は阻止されたものである。

2  職業安定課長事務代理平田武雄が七月一八日午後四時頃、原告らに対してなした本件処分を取消す、あるいは撤回する旨の意思表示および「確認書」(甲第一号証の一)の調印は、組合が多数人の集団的威圧のもとに平田課長代理に心理的強制を加え、心神耗弱の状態に追いやつたうえでなさしめたものであつて、自由意思を欠き無効であるとの被告主張は争う。すなわち、平田課長代理が七月一八日以前で最も近く組合と接触をもつたのは同月一三日であり、しかも当日は兵庫県職安支部の役員五名と一時間足らずの話合いをもつたにすぎない。また、同月一八日の交渉は終始節度のある態度で笑談を混えながら話合いが続けられ、昼食も組合員と同様牛乳が配られ、職業安定課長補佐岡本剛、本岡係長も交渉の行われた職業安定課長室へ自由に出入りしており、平田課長代理も来客のあつたときは交渉の席を離れて隣の庶務係の部屋で面談したり、電話のため中座したこともあつて、いわゆるつるし上げ団交、缶詰団交ではなかつたし、その間同人には何の異常も認められず、極めて落着いた態度であつた。

この点に関する黒丸正四郎の診断意見は信用できない。

3  懲戒処分の取消については何等の明文がないから、書面の交付を要するものではなく、何等かの方法で被処分者に告知されれば足りる。

また、確認書が組合代表者を名宛人としているのは、懲戒処分が被処分者はもとより、労働条件の基本的部分に関する問題であるため、労働組合が交渉をもち、組合員を代理して取決めをなすことは当然であるから、全労働兵庫県職安支部長安武昭彦が被処分者である組合員を代理して処分取消の意思表示を受領したものである。

4  懲戒処分の取消は、該処分に瑕疵がある場合に限らない。

また、懲戒処分をするかどうか、懲戒処分のうちいずれを選択するかは懲戒権者の裁量に任されているのであるから、その取消も懲戒権者の裁量に委ねられていると解することは当然である。

懲戒処分は行政処分の一種であつても、一般の行政処分とは本質を異にし、国家と人民間における国家行為の権威とか、適法性の推定とか、行政処分の公定力なる概念は、懲戒処分とは無縁のものである。

三  被告

被告の主張は別紙一および二記載のとおりである。

四  原判決の訂正

原判決一一枚目裏九行目の「兵庫県商工部」を「兵庫県商工労働部」と改める。

第三当事者の証拠関係<省略>

理由

第一本件訓告処分についての判断

当裁判所も、本件訓告処分は行政事件訴訟法三条二項にいわゆる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当せず、原告阿草弘清ら訓告処分を受けた一四名の原告の各訴はいずれも不適法であると考えるものであつて、その理由は、次のとおり附加するほか原判決説示(理由一)のとおりであるから、これを引用する。(なお、理由第一において原告らというときは、本件訓告処分を受けた原告阿草弘清ら一四名の原告を指す。)

一  原告らは、訓告も一種の懲戒処分であつて、それ自体直接法的効果が存在し、それを基礎にして昇給延伸等身分上の不利益取扱をなされるおそれがあるから、戒告とは若干の量的差異があるにとどまり、質的に異るものではないと主張する。

しかしながら、戒告処分が懲戒処分の一種として国家公務員の場合国家公務員法八二条およびこれをうけた人事院規則一二―〇に定められ、昇給延伸の法的効果が伴うのに反し、一般職に属する国家公務員(原告らはそれに該当する。)に対する訓告については、法律、規則等に明文の規定はなく、職員が職務上の義務に違反した場合に、その上司が当該職員に対する指揮監督権に基づいて義務違反について注意を喚起し、将来を戒めるための事実行為にすぎず、制裁的実質を有せず、また何等の法的効果をも伴わぬ措置であると解すべきである。

尤も、成立に争いのない甲第二号証の「職員の昇給の取扱について」と題する昭和三二年九月二七日付労働大臣官房長通達によれば、昭和三二年四月一日以降における労働省職員の昇給の取扱いについては、給与法改正後の規則、細則および人事院事務総長通達に定めるところによるほか、労働省部内職員昇給実施要領によることとし、右実施要領によれば「懲戒処分には至らなかつたが国家公務員法第八二条の各号の一に該当する事実のあつた職員」は「勤務成績が良好でない職員」の一定型として次期昇給期まで昇給を延長し、昇給させないこと、およびその事務手続として「懲戒により停職、減給または戒告処分(懲戒処分には至らなかつたが訓告、訓戒等を受け欠格者として考慮する場合も含む)を受けた職員」は昇給欠格事項該当者の一例として労働大臣官房秘書課に報告することと定められていることが認められるが、右通達は、その文面からも明らかなように、訓告を受けたことそれ自体をもつて直ちに昇給欠格事由としているものではなく、訓告等を受けかつ欠格者として考慮しなければならない場合をいうものと解されるし、当審証人古野秀夫の証言によれば、昇給取扱の実務においても、そのように理解され、訓告即昇給延伸という取扱いはしておらず、現に原告らはいずれも本件訓告後普通昇給を延伸されていないのみか、約半数の者が一回ないし三回特別昇給を受けていることが認められ、当審における原告藤林多美本人尋問の結果はいまだ右認定を左右するに足りない。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

二  原告はまた、訓告によつて職員が何等かの職務上の不利益を受けるものである以上、法律の明文なくしてそのような処分をすることはできないから、訓告が適法に存在すると解するならば、それは法的にも戒告と同視しなければならないと主張する。

しかしながら、訓告処分によつて職員の受ける不利益が法的効果を伴うものでないことは、前段および原判決理由説示のとおりであり、職員の法律上の地位に何等の影響を与えるものではないから、この点の主張も採用できない。

第二本件減給および戒告処分についての判断

一  原判決理由二の説示は、当裁判所の判断と同一であるからこれを引用する。(なお、理由第二において原告らというときは、本件減給および戒告処分を受けた原告安武昭彦ら八名の原告を指す。)

二  国家公務員に対する懲戒処分はその職員に文書を交付して行わなければならず(人事院規則一二―〇、五条)、およそ行政処分が成立しその効力を発生するには、その行政処分が表示され、かつ相手方に到達することを必要とするところ、原告らはいずれも本件懲戒処分の有効な処分書等の交付を欠くと主張するので、この点について判断する。

まず、原告らに対する処分書等送達の事情についてみるのに、

1  成立に争いのない乙第一一号証の一ないし五によれば、原告安武洋子(本件懲戒処分当時の姓は大橋であつた。)は、昭和三五年七月一七日、当時の自宅である明石市樽屋町二丁目五八番地に配達された被告からの配達証明郵便(封書)を受領拒絶したことが明らかであつて、この点に関する原審および当審における同原告本人尋問の各結果は信用しない。

2  成立に争いのない乙第一二号証の一ないし六、原審および当審における原告安武洋子本人尋問の各結果によれば、同原告は前同月二〇日明石職安内において、神戸職安内の全労働兵庫県職安支部事務局から明石職安に転送されてきた原告安武昭彦宛の前同郵便物を、その代理人として受領拒絶したことが明らかである。

そして、成立に争いのない乙第一〇号証、右原告安武洋子本人尋問の各結果および原審における原告安武昭彦本人尋問の結果によれば、原告安武昭彦は昭和二一年から、また原告安武洋子は昭和二七年からいずれも明石職安に勤務し、かつ共に全労働兵庫県職安支部に所属していたこと、原告安武昭彦はその後同支部明石分会長をしていたが、昭和三四年六月右支部長に選出された後は、原告安武洋子が右明石分会長に就任し、本件処分時に至つたこと、当時右組合としては処分撤回斗争の一手段として、郵送されてくる処分書等を未開封のまま受領を拒絶することを決め、全員これに従つて実行していたこと、原告安武昭彦は本件処分の頃神戸市垂水区舞子町に居住していたが、転居届の提出を怠つていたため、被告は同原告が全労働兵庫県職安支部長であつたことから、同原告に対する処分書等を前記のとおり神戸職安内の右支部事務局に発送したが、右郵便物が同原告の勤務場所である明石職安へ転送されたこと、明石職安の庶務係員は組合宛の郵便物であると考えて分会長原告安武洋子の所へ配達員を案内したこと、原告安武洋子は右原告安武昭彦宛の郵便物の内容が同原告宛の処分書等であることを知り、前記処分撤回斗争の方針に基づき、明石分会長としての立場から、その受領を拒絶したこと、原告安武昭彦としても、いずれ自分の所へ自分宛の処分書等が郵送されてくることは十分予知していたことが認められ、右安武洋子の各供述中右認定に反する部分は信用しない。

3  成立に争いのない乙第一三号証の一ないし四、原審における原告亀野安彦本人尋問の結果によると、同原告は、七月一七日自宅に配達された前同の郵便物を受領拒絶したことが明らかである。

4  成立に争いのない乙第一五号証の一ないし三によれば、原告永野達雄の肩書自宅を宛先とする同原告に対する前同の郵便物は、同月一六日不在のため配達できず、また同月一八日受取人転居先不明の理由で配達されていないことが明らかであり、当審証人永野久吉の証言および原審における右原告本人尋問の結果によれば、同原告は、当時肩書自宅に両親と共に居住していたことが認められる。

5  成立に争いのない乙第一六号証の一ないし三、原審における原告平原晃次本人尋問の結果によれば、同原告の母は、同原告の指示に基づき、同月一六日同原告の自宅に配達された前同の郵便物を受領拒絶したことが明らかである。

6  成立に争いのない乙第一七号証の一ないし四、原審における原告西寅生本人尋問の結果によれば、同原告の妻は、同原告の指示に基づき、前同日自宅に配達された前同の郵便物を受領拒絶したことが明らかである。

7  成立に争いのない乙第一八号証の一ないし七、原審における原告小松隆一郎本人尋問の結果によれば、同原告の母は、同原告の指示に基づき、同月一七日自宅に配達された尼崎職安所長からの配達証明郵便(封書)を受領拒絶したことが明らかである。

8  成立に争いのない乙第一九号証の一、二、原審における原告松浦昭雄本人尋問の結果によれば、同原告の妻は、同原告の指示に基づき、同月一五日自宅に配達された西宮安定所長からの配達証明郵便(封書)を受領拒絶したことが明らかである。

そして、前記乙第一〇号証、原審における証人本岡良三の証言および原告安武昭彦、同永野達雄を除く右原告ら本人尋問の結果によれば、右各郵便物には右原告らに対する処分書等が入つていたこと、右原告らは右郵便物が配達される直前いずれも自分らに対する本件処分内容を知悉していて、近く処分書等が原告らに配達されることを予知しており、処分撤回斗争の一手段として郵送された処分書等は未開封で受領拒絶することを組合から指示されていたこと、被告(但し、原告小松隆一郎については尼崎職安所長、原告松浦昭雄については西宮職安所長。)発送の右郵便物が配達された頃、その在中書面が自分宛の処分書等であることを察知したこと、右各郵便物は受領拒絶の結果被告に返送されたことが認められる。

三  以上の事実によれば、原告安武洋子、同亀野、同平原、同西、同小松、同松浦に対する各処分書等は郵便によつて右各原告の自宅に配達されたのであるから、右各原告の了知し得べき状態におかれたものというべく、自己または家族の受領拒絶にかかわらず、処分書等は右原告に適法かつ有効に交付されたものと認めるのが相当である。

また、原告安武昭彦についても、同原告は自分に対する処分内容および処分書等が送達されることを予知しており、原告安武洋子は組合の指示に従い、原告安武昭彦の勤務場所に転送されてきた郵便物を、明石分会長として、同原告の意を体し同原告に代つて受領拒絶したものであるから、原告安武洋子が受領拒絶をした時点において、これを了知し得べき状態におかれ、交付の効力を生じたものというべきである。

しかし、原告永野については適法に交付されたものと認めることはできない。被告は、同原告またはその指示を受けた家族が、同原告方に配達された郵便物を受領拒絶する手段として、名宛人が現在居住せず、その転居先も不明である旨虚偽の事実を配達員に告げたため、右配達員が持ち帰つたのであると主張するが、全証拠によるも「転居先不明」の符箋が付けられて返戻された事情は全く不明であつて、被告の右主張は想像の域を出ないものである。したがつて、同原告に処分書等が交付されたとはいえないから、同原告に対する本件懲戒処分はその効力を発生しないものといわなければならない。

四  原告らは、兵庫県商工労働部職業安定課庶務係長本岡良三は、同月一六日、原告らに対し、本件処分書の送達を取止め、発送済みの処分書等は郵便局から回収し、配達されたときは持参すれば受取る旨通告したのであつて、右は処分書等交付の手続の中止を表明したものであるから、たとえその後原告らに処分書等が配達されたとしても処分書等交付の効力は発生しない。仮に、右本岡係長に右のような処置をとる権限がなかつたとしても、相手方に利益を与える処分の如きは、相手方の信頼を保護し、法的安定をはかるため、有効と解すべきであると主張する。

本岡係長が原告ら主張の頃原告らに対しその主張のように通告したことは被告の認めるところであり、原審における証人本岡良三の証言によれば、同人は職業安定課における文書発送事務の責任者であることは認められるが、全証拠によるも、本岡係長に本件懲戒処分の成立ないし効力発生を中止させる権限があるとは認められないから、たとえそれが相手方すなわち原告らに利益を与える処分であつても、本件懲戒処分の成立ないし効力発生を妨げるものではない。よつて、この点に関する主張は理由がない。

五  そこで、当時の被告事務代理平田武雄が本件懲戒処分を取消ないし撤回したかどうかについて判断する。

平田課長代理が原告らに対し、同月一八日本件懲戒処分を撤回すると言明し、「確認書」(甲第一号証の一)の自己名下に捺印した経過については、その事実認定の証拠として、当審における証人本岡良三、同平田武雄、同武下優の各証言を追加し、左記のとおり補正するほか原判決がその理由四の(一)において認定するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二一枚目裏一〇行目の「決定していた」の次に「そして、七月一二日労働省から全労働本部に対し安保改訂反対斗争に参加した組合員に対する全国的な処分内容が発表された」を加える。

2  同末行目の「されることを察知し、」を「されることおよび」と改める。

3  二二枚目表二行目の「同月一二日」の次に「労働省の処分発表を知るや、処分撤回斗争を展開するため」を加える。

4  二三枚目表五行目の「業務の平常を戻す」を「業務を平常に戻す」に改める。

5  二四枚目表末行目の「これは原告」の次に「安武昭彦、同」を加える。

六  被告は、平田課長代理の右意思表示および「確認書」の意味内容は、全労働兵庫県職安支部に対し、単に本件懲戒処分の撤回をなすべき旨を口約したのにとどまり、原告らに対して本件懲戒処分を取消すまたは撤回する旨の意思表示をしたものではないから、本件懲戒処分の効力を失わしめるものではないと主張する。

しかしながら、原告らに対して懲戒権を有する平田課長代理が、七月一八日職業安定課長室において、本件懲戒処分等の撤回要求の団体交渉のため参集した原告松浦を除く原告らおよび数十名の組合員に対し、直接本件懲戒処分を撤回する旨意思表示をしたものであることは、前段(原判決理由四の(一)の(4))認定のとおりであつて、組合役員との間に原告らに対する本件懲戒処分を撤回する旨の口約をしたにとどまるものではない。

被告は、また、右確認書に記載された安武昭彦の肩書には「全労働兵庫職安支部長」と記載されているが、もし、右確認書への調印が本件懲戒処分の効力を失わしめる意味をもつた行政処分であるとするならば、当然右書面の名宛人が原告らとなつていなければならない筈であると主張する。

しかし、懲戒処分の取消ないし撤回の方式については何等の定めがないから、それが口頭をもつてなされ、また確認書の名宛人の記載を誤つたとしても、取消ないし撤回の意思表示が相手方に確実に到達した限り、瑕疵ある行政処分であるということはできない。

被告は、さらに、右確認書作成後本岡係長と全労働兵庫県職安支部書記長平岡晃次との間に「破棄方法協議までの事務的措置に関する確認」と題する書面(甲第一号証の二)が作成されているが、もし右確認書が本件懲戒処分の効力を失わしめるそれ自体完結した行政処分であるとするならば、右のような書面を作成する必要はなかつたと主張する。

しかしながら、前記事実認定の各証拠によれば、平田課長代理が本件懲戒処分を撤回する旨表明し、右確認書作成後、同日(七月一八日)午後六時頃から本件懲戒処分撤回に関する爾後の事務的な手続を取決めるため交渉を再開することを約して一旦休憩に入つたが、休憩中平田課長代理が心身の疲労を感じて神戸医科大学附属病院に入院したため同人との交渉ができなくなつた。そこで、組合側は本岡係長と交渉を始め、同夜半に至つてようやく本岡係長と平岡書記長との間に右書面を作成し、一応返送された本件懲戒処分の処分書等を密封のうえ被告側で保管しておくことを取決めたことが認められるのであつて、右事実によれば、右書面は平田課長代理が本件懲戒処分の撤回を表明した後の事務的手続を定めるための一手段を取決めたものと解されるから、この点の主張も理由がない。

七  次に、本件懲戒処分の右のような撤回が有効かどうかについて判断する。

前段(原判決理由四の(一)の(4)末尾)認定のとおり、平田課長代理は原告らに対し本件懲戒処分を撤回すると言明し、確認書にも同称の文言が記載されているが、平田課長代理は、右撤回なる言葉を本件懲戒処分の効力をその処分時に遡及させて消滅させること、すなわち講学上の取消の意味で使用したものであるから、まず本件懲戒処分の取消が有効かどうかについてみるに、およそ、行政処分は行政庁において自由に取消し得るものではなく、当該処分に一定の瑕疵が存する場合に限つて取消し得るものであるところ、本件懲戒処分については(原告永野に対する分を除く、以下同じ。)、後記のように無効または取消し得べき瑕疵があるとの立証がないから、その取消は許されないといわなければならない。この理は、本件懲戒処分の如く、相手方の権利を奪い義務を課するような行政処分であつても同様である。

仮に、右取消を撤回の意義、すなわち懲戒処分の効力を将来に向つてのみ失わせるものと解するとしても、適法かつ有効に成立した行政処分は、処分庁といえどももはやその効力を自由に変更、消滅させることはできないのが原則である。尤も、懲戒処分のように被処分者の権利を侵害する処分の撤回は、それによつて被処分者の侵害された権利を復活させるものであり、新たに権利を侵害するものではないから、一見処分庁が自由になし得ると考えられないではないが、懲戒処分は、国家公務員の場合、国家公務員法に基づき、職員が同法または同法に基づく命令に違反する等職員に課せられた義務に違反した場合に、使用者である国が制裁として科するものであつて、職員に右のような義務違反がある場合、国は公務員関係の秩序を維持するため懲戒処分をなすべきことを義務づけられるのであるから、特別の規定、例えば、大赦または復権が行われる場合における懲戒の免除に関する公務員等の懲戒免除等に関する法律(昭和二七年法律第一一七号)等がない限り、法的安定の立場から、原則として一旦なした懲戒処分をその後自由に撤回することはできず、他に本件のような場合撤回をなし得る旨の特別の規定もない。

そして、有効かつ無瑕疵の行政処分の撤回が一般に許されるのは、その処分後、公益上その効力を存続せしめ得ない新たな事由が発生した場合に限ると解すべきところ、本件の場合、前記認定の事実によれば、平田課長代理は、処分撤回斗争としての数日にわたる執拗かつ激しい大衆団交の結果、組合との紛争を一応収拾し、混乱した一部業務を平常の状態に戻すため、やむを得ず本件懲戒処分を撤回しようとしたものであることが認められるのであつて、原告らに対する懲戒事由はその後においても依然存続しており、その効力を存続せしめることが公益に反するという新たな事由が発生したため撤回したものでないことは明らかである。したがつて、右撤回はその重要な要件を欠き、法律の認めない処分をしたものであつて、重大かつ明白な瑕疵があるから無効であるといわなければならない(仮に、右撤回が当然無効ではなく、その瑕疵が単に取消原因たるにすぎないとしても、成立に争いのない乙第二〇号証、当審証人本岡良三の証言によれば、被告は、右撤回直後の昭和三五年八月一九日、全労働兵庫県職安支部長安武昭彦に対し、同月一〇日付書面をもつて、右撤回処分は法律上許されないものであつて無効である旨通告したことが認められ、右事実によれば、その頃原告らに対し右意思表示が到達したものと推認されるから、それによつて右撤回処分は有効に取消されたものである。)。

なお、原告は、懲戒処分をするかどうか、懲戒処分のうちどれを選択するかは懲戒権者の裁量に任されているから、懲戒処分の取消もまた懲戒権者の裁量に委ねられていると解することは当然であると主張するが、懲戒処分が懲戒権者の自由裁量行為であるからといつて、当然その撤回も自由裁量行為であるとの論理的帰結は導かれず、撤回については別途にその目的、作用、要件を勘案せらるべきものである。

したがつて、本件懲戒処分が消滅し、存在しないとの原告らの主張は採用できない。

八  原告は、仮に本件懲戒処分が存在するとしても、重大かつ明白な瑕疵があるから当然に無効であると主張する。

しかし、本件懲戒処分に関する懲戒処分書等が、原告らに有効に交付されたこと、平田課長代理の原告らに対する本件懲戒処分の取消ないし撤回の意思表示が本件懲戒処分の効力を失わしめるものでないことはすでに判断したとおりであるから、他に本件懲戒処分が当然無効であることについて主張、立証のない本件にあつては、この点の主張も理由がなく、右請求は棄却すべきである。

九  原告はさらに、仮に本件懲戒処分が当然無効ではないとしても、取消されるべきものであると主張する。

しかし、原告らが、本件懲戒処分について、国家公務員法九〇条による人事院に対する審査請求をしていないことは原告らの認めるところであるから、右取消訴訟については行政事件訴訟特例法二条本文に違反し不適法であるといわなければならない。原告らはこの点について、原告らはまず、本件懲戒処分の存在しないことを主張し、予備的にその取消原因があることを主張しているものであつて、このような場合、人事院に対して本件懲戒処分の取消を請求しようと思えば、その前提として本件懲戒処分の存在を自認しなければならず、後に提起する不存在確認訴訟において事実上の不利益を招くことを免れないから、そのような場合には前記審査請求を経ないことにつき同条但書の正当な事由があるというべきであると主張するが、審査請求において本件懲戒処分の取消を求めるについては、右処分の存在を仮定的に主張すれば足りるから、原告主張の理由はいまだ右条項の正当な事由に該当しないものというべきである。したがつて、本件懲戒処分の取消を求める訴は不適法として却下すべきである。

第三結論

以上の次第であつて、原告阿草弘清ら本件訓告処分を受けた原告らの各訴を不適法として却下した原判決は正当であるから、右原告らの本件各控訴は理由がなく、原告永野達雄の本件戒告処分の不存在確認請求を認容した原判決もまた正当であるから、同原告に対する被告の控訴も理由がなく、いずれも棄却すべきものであるが、原告安武昭彦の本件減給処分および原告永野達雄を除く本件戒告処分を受けた各原告の右戒告処分の各不存在確認請求を認容した原判決は失当であるから、これを取消したうえ、右不存在確認請求および無効確認請求を棄却し、さらに同原告らの右各処分取消の訴は不適法として却下し、民事訴訟法三八四条、三八六条、八九条、九二条、九三条、九五条、九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 上田次郎 弘重一明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例